Profile

Yasu

北海道札幌市出身

日本でトップスタイリストとして活躍後、アメリカはロサンゼルスへ。

❐当時は英語が全く話せなく、日本人オーナーに頼るしかなく、日本人のお客さんしか担当させて貰えず。「ここで英語を覚えれば現地のサロンに飛び込める」と思い、学生ビザでも労働許可がついてくるオーストラリアはブリスベン市に語学留学。

❐学校通いながらクラスメイトの髪を切りながら生計をたて、半年後にはクチコミで広がり予約がいっぱいに。

❐語学学校は英語が話せない生徒の集まりと感じ、現地の専門学校のビジネス科に入学、ネイティブと一緒にディベートやプレゼンなどを学び、本当の意味での英語力を身につける。

❐現地のサロンで働くためには、現地のライセンスが必要と思い、美容学校へ行き直す。白人社会の中で自分だけがアジア人という環境を経験する。

❐現地のサロンのオーナーから僕の携帯へ電話があり「Yasuの噂を聞いた、一度話をしよう」とヘッドハンティングに合う。そこでビザのサポートを条件に契約を結ぶ。

❐オーストラリア人のサロンの中で一人アジア人が働いているというレアな環境も噂を呼び、当時のブログは20万pv を遥かに超えるアクセスとなった。

❐予約がいつも2〜3週間待ちとなり、予約が取れないというクレームが相次いだ。

❐オージーサロンで店長を勤め、英語だけではなく、オーストラリア社会も学ぶ事になった。

❐自分でサロンをオープン。2年後にビザの更新がどうしても上手く行かずに、サロンは売りに出し、自身はドイツに渡る。

❐ドイツで1年半働いて、日本に戻る。

❐縁があって、表参道の有名店に所属。今の日本の流行や最先端の理論を学ぶ切っ掛けに。

❐英語ができて、白人のヘアカラーを教える事ができるという理由で、カット1万円の老舗美容室銀座本店で働く。

❐統括技術マネージャー&海外事業部のオファーを断り、ブリスベンで働く事を決める。東京に戻ってきた時は恵比寿の美容室「DaDa-Ebisu」で働いている。